2006年12月 アーカイブ

自尊心の回復と自己信頼感の獲得

私は心理カウンセラ-としてアダルトチルドレンの問題解決には自己信頼感の獲得が一番大切であると思っています。
自己信頼感は、やれば出来る、何とかなる、といった自分を信頼出来る力です。
言葉を変えると自分に対する自信と言ってもいいと思います。

さて、アダルトチルドレンの問題解決にはこの自己信頼感の獲得と並んで大切なことに、自尊心の回復があります。

では、自尊心の回復とは何でしょうか。
これは自分を尊ぶことです。
自分を認め好きになることです。

多くのアダルトチルドレンの方は自分はダメだ、生きている価値がない、何をしても失敗ばかりと自分を責める傾向があります。
どうしてそこまで自分を責めて自己価値を低下させるのでしょうか。

根本は子供の頃より親から存在を正当に認めてもらえなかったことが原因かもしれません。また、認めてもらえないどころか逆にけなされたり、罵声を浴びせられたり、存在を否定されたり、これらが積み重なって自分の中に「自分は生きるに値しない」「そこに居る価値がない」等と、親の言葉や育児態度の影響を自分に対する信念のように取り込んでしまったのではないでしょうか。
すなわち、これは親の呪縛なのです。

そして、自分は生きるに値しない人間なんだと思っている人は自分を好きにはなれません。
逆に自分を否定して自分を嫌うことでしょう。自己嫌悪。
でもこれも親の呪縛の結果なのです。

したがって自尊心の回復にはいかに親の呪縛を解き放てるか、ひとつの大きなポイントなのです。
心の中をインナーペアレントを追い出すのです。
そして自分を卑下する信念体系を変更するのです。
自分の良いところを認識してしっかり受け止めることが大切です。

また、多くのアダルトチルドレンの方は頑張ったこと、達成したこと、評価されたこと等を過少評価する傾向もあります
「そんなことたいしたことない」「まだまだ」と否定されます。
どうしてそこまで否定されるのでしょうか。
ここにも自分を認めていない悲劇があると思います。
自分が自分を認めていないので、自分のいいところを受取れないのです。

前述の通り、自尊心の回復には心の中の親を追い出し、親の価値観を取り込んだ信念体系を変更して、自分の良いところを認めていく作業が必要なのです。
すなわち、「ありのままの自分でいいんだ」「自分は大丈夫」「自分はOK」このような感情や感覚持つことが自尊心の回復なのです。
これは、自分を大切にして、自分を認め、自分を尊び、自分を愛することなのです。

次に、一旦自分を受け入れて認めることが出来ますと、どのようないいことがまっているでしょうか。
自分にOKを出すということは、次の行動の促進へとつながります。

自己信頼感の獲得には行動による達成感の体感が何よりも大切です。
「出来た」という感覚です。
この「出来た」という達成感が積み重なって、更なる自分に対する自信、自分を信頼する力へと発展するのです。
そして、達成感を味わえば味わうほど、自尊心も高まります。

したがって自尊心と自己信頼感は一体でもあるのです。

このように、アダルトチルドレンの問題よりの回復には、自己信頼感の獲得と対をなす自尊心の回復が必要なのです。
私はこの2つを合わせて自己信頼感と呼びたいと思います。

アダルトチルドレンの優しさについて

アダルトチルドレンの多くの方は他者より優しいと評価を受けることが多いようです。
親切、思いやりがある、話しを聞いてくれる、出しゃばらない等です。

しかし、この優しさはアダルトチルドレンを行き辛くしている原因の1つでもあるのです。

なぜ多くのアダルトチルドレンは、他者より親切、思いやりがある、優しい等の肯定的評価を頂けるのでしょうか。
それは多くのアダルトチルドレンが他者志向だからです。
常に周囲の視線や評価や嫌われたくない気持ちが強すぎ、他者への配慮として優しさや気配りを発揮しているからです。
他者の気に入る行動をしてみたり、他者に合わせてみたり、言いたいことを我慢してみたりと。

でも、これらの行動はよくよく考えるとしんどいことです。
なぜなら、常に他者の視線や評価、気持ちを考えていなければならないからです。
人といるとリラックス出来ないのではないでしょうか。
また、これらの行動は自分を抑え続ける問題にも発展すると思います。

でも、なぜ自分を良く思われようとアダルトチルドレンはここまで人に合わせてしまうのでしょうか。
他者からの評価を得られなかったらどうなるのでしょうか。
嫌われたらどうなるのでしょうか。

アダルトチルドレンの問題の本質は自分に自信がないということです。
自分が自分にOKを出しておらず、自分に自信がないのです。
自分に自信がない人の共通に自己評価の低さの問題があります。自分に自信がないと、どうしても他者からの評価を得たいという気持ちが表れてしまいます。
他者評価=自己評価となってしまうのです。

しかし、あまりにも人に合わせすぎるということは自己の喪失につながってしまいます。
本当は自分の思っている意見を言った方が楽な時でも言えず、素直な感情表現をした方がいい時でも表現出来ません。
このようなことを長くしていると、本当の自分の感情や何を思っているか等は分からなくなってしまうのです。
また、アダルトチルドレンは言います。自分が何を感じているか、何を思っているか分からないと。
または、自分の意見が正しいのか分からないと。
これらはすべて自己を抑圧して他者に合わせすぎ、自己を喪失した結果なのです。

このような状態で日々過ごすと心理的、精神的に大変しんどいです。
「人の視線を気にし過ぎる、どう思われているか気になってしょうがない」
正直書きますと、人が何を考え何を感じているか等は当人以外誰にも分からないのです。
分からないことをどれだけ推測しても真実は分かりません。
分からないことを堂々巡りのように考え続けても真実には出会えないのです。
自分が嫌われているのでは、人の気持ちを害したのではと言う推論的結論は、好かれたいという思いの裏返しに過ぎないのです。

相手が自分のことをどう思っているか分かる唯一の方法は、その相手に「私のこと、どう思っていますか」と聞けばいいのですが、これこそ勇気が要ります。

私はカウンセラ-ですが、私と話しをしている人が私のことをどう思っているか、正直分かりません。多少は感じますが・・・。
したがって分からないことは分からないでいいと思っています。確認のしようがないのですから。

では、次回は他者に合わせすぎる傾向に関して続きを書きたいと思います。


私たちは誰も人の反応に責任は取れません

アダルルトチルドレンは他者評価や嫌われたくない思いが強すぎて気を使い過ぎます。
そして、前回は自分の本当の気持ちを抑えて、他者に親切に振る舞いしんどい思いをするパタ-ンを書かせて頂きました。
今回は他者に気を使い過ぎた結果逆に望まない評価を得てしまう、対人アプロ-チを2例あげたいと思います。

1 回りくどくなる
2 自己表現が出来なくなる


1 回りくどくなる
他者に対して自分の意見や思いを言う際回りくどくなる人っていますよね。
これは、相手を傷つけないでおこう、または自分のことを悪く思われたくない気持ちから、ストレ-トな自己表現や発言で出来ないため回りくどくなるのですが、話しを聞いている側は逆に相手が何を言いたいか分からず、グダグダと弁解がましい説明を聞かされると、イライラしてくるものです。
話している本人は気を使い過ぎているのでしょうが、気を使い過ぎた結果、他者よりイライラと怒りをかってしまうのです。

対人アプロ-チの問題としては素直でストレ-ト(もちろん相手を傷つけてはいけません)な自己表現が出来ていないことです。
回りくどいということは、まずは状況を相手にとことん理解してもらい、自分が悪くないことや自分には問題がないことを証明したうえで結論に持っていきたいのでしょうが、多くの人は結論を求めるものですから、自分勝手なプロセスをダラダラ話されると我慢が出来なくなってしまうのです。

人に悪く思われたくない気持ちが逆効果となって、「あの人と話しているとイライラしてくる」と、かえって人に悪く思われてしまいます。


2 自己表現が出来なくなる
これを言ったらどう思われるか、あれを言ったらどう思われるかと、そのようなことばかりに気を捉われると、結局話すことが出来なくなってしまいます。
そり結果何を話していいか分からなくなってしまい、話さないことが習慣化されてしまいます。これも回りより「何を考えているか分からない人」「暗い人」と、逆に望まない評価を得てしまうのです。


回りくどくなる、自己表現が出来なくなるパタ-ンについては、マイナスの対人アプロ-チパタ-ンを学習し身につけてしまっているので、他のアプロ-チパタ-ン、素直な自己表現による対人アプロ-チパタ-ンを学習して見に付け、人と接すればいいことになります。

では、素直な対人アプロ-チパタ-ンとはどのようなものでしょうか。

一言で言うと、自分の思っていること、感じていることを、相手を傷つけず素直に言うことです。
実際には簡単なようで難しく、難しいようで簡単なことです。
これは行動の学習により獲得出来るものです。

しかし、その前にしなくてはならないこと。
アダルトチルドレン全般に言えることですが、他者からの評価を失ったり、嫌われたら自分はどのようになるのか。
問題の根本はこれですから。この思い込み、信念が妥当か検証しなくてはならないでしょう。

私たちが対人関係で気を使わなければならないこと。
それは相手を傷つけないこと。
素直な自己表現。
これだけです。
そして、これらを満たした表現、発言、行動をした結果、仮に相手が傷ついたり、怒ったり、不快感を感じたとしてもそれは相手の問題です。

人はそれぞれいろいろな観点から反応します。相手は相手の色メガネ、フィルタ-、認知構造があり、そこまで私たちは考慮出来ないのです。これは相手の問題なのです。

ですから、私たちは私たちの責任。素直な自己表現を果たせばそれだれでいいのです。
相手の反応は相手の責任であり、相手の反応に気を使いすぎるということは、相手の反応に責任を持つということなのです。
絶対に不可能です。
相手の責任は当の本人しか持てないのですから。

アダルトチルドレンと素直な自己表現

アダルトチルドレンは素直な自己表現が苦手です。
頼まれごとをした時も断れず、怒るべき時でも笑ってみたり、知らないことを知っていると言ってみたり、必要のない時に不要な嘘をついてみたり、発言すべき時に黙ってみたりと・・・。

でも、なぜこのようになってしまうのでしょうか。

ひとつ考えられることは過去の生育歴からくる学習の結果です。これには未学習も含めます。

頼まれごとをした時に断れないのは、どのように断ればいいか分からないということが考えられます。
また、怒るべき時に怒らずに笑っているのは、例えどのようなことがあっても怒ってはいけないということを学習しているかもしれません。または、怒りの表現を学んでいないのかもしれません。
知らないことを知っていると言うことも、そのように育てられた結果かもしれません。
もちろん、意図的にそのように育てる親はいませんが、親が子供に何かを訊ね、子供が知らないと返事をすると親がバカにしたり、罵倒したとしたらどうでしょう。子供は知らないと正直に答えると、このような不快な対応をされると学習してしまうと、大人になってもその習慣や学習から、知らないことでも知っていると言ってしまうかもしれません。
必要のない嘘も自分が責められれてしまうと感じた時の防衛反応かもしれません。
発言すべき時に黙ってしまう。家でもおとなしく、コミュニケ-ションのない家庭で育ったのかもしれません。または、常に話さないことを学習してしまい大切な時でも話しが出来ないのかもしれません。

そして、これらの態度や表現からアダルトチルドレンは何を得ているのでしょうか。
何も得ていません。
敢えて言うなら、生き辛さを得ているのではないでしょうか。

頼まれごとが断れないと仕事や作業が増えます。
怒る時に怒らないと周囲より怒れない人と軽く見られるかもしれません。
知らないことを知ってると言ったり、必要のない嘘をついた時、それがバレたらどのような不利益を被るでしょうか。
発言すべき時に黙り込んでしまうと、周囲から何も考えていない人と評価されてしまうかもしれません。

生きるうえ、社会生活を過ごすうえではこれらの態度表現は何のメリットもなく、逆にデメリットしかもたらさないのです。
素直な自分が表現出来ないために生き辛さを抱え込んでしまうのです。

さて、それではこれらすべてを機能不全家族環境の生育暦による学習の結果として捉えてみれば、何が見えてくるでしょうか。


学習によって自分が素直で適切な自己表現が出来ないのであれば、素直で適切な自己表現を学習して獲得すればいいのではないでしょうか。
今までの学習した態度パタ-ンとは違う、態度パタ-ンを学習すればいいのです。

アダルトチルドレンは親や上位者より自分を守るため、正直な感情表現を抑えて生きてきました。
それは自分を守るためです。
したがって、今ここで「素直な自己表現を学習しよう」と提案しても、「怖くて出来ません」と答えが返ってくるかもしれません。

そうです。自分を苦しめる態度を取ることには、過去自分を守るというメリットがあったのです。
しかし、じっくり考えてみてください。
過去の防衛パタ-ンを今も堅持する必要があるのでしょうか。

過去の親、家庭の環境と、今あなたを取り巻く環境は同じものなのでしょうか。

もし、違うのであれば過去のパタ-ンは手放してもいいのではないでしょうか。

なぜなら、もはやそれは何の役にも立たないのですから。

怒りの感情の抑圧・そして

アダルトチルドレンはその時、その時に素直な自表現が出来ない時があります。
本当の気持ちを表現した方が楽な時でも、偽った態度、表現を行います。
自己を抑圧して偽った態度、表現を行い続けるとその代償が生じてきます。
特に怒りの抑圧の代償は凄まじいものがあると思います。
では、自分の怒りを抑圧し続けるとどのようなことが起こるのでしょうか。


今回は私の経験をメインに解離、イライラについて書かせて頂きます。


怒りについて(何を抑圧してきたのか)
アダルトチルドレンに共通していることは怒りの抑圧だと思います。
では、怒りとは何でしょうか。
また、何に対して怒っているのでしょうか。
私の場合は日々親からの過保護、過干渉によって、自分が好きでもないことを我慢して続けてみたり、余計なことを言われても怒らなかったこと等があげられます。
簡単に書くと自分の嫌なことを親のために我慢する。そして、「嫌だとか」「怒っている」と言った発言態度表現を我慢して、何にもなかったように振る舞う。
これが私の怒りの抑圧です。


解離
では、怒りに対して素直な自己表現、感情表現をしないとどのようになるのでしょうか。素直な自分=本当とすると、素直でない=偽りとなります。素直な感情を表現しないことは偽りの自己でいることになるのです。その為には本当の自分(本当の感情)を自分で封印しないと偽りの自分ではい続けられません。
自分で自分を封印する。抑圧する。これは悲劇です。
自分で自分を封印するのですから抜け殻のようにもなってしまいます。
そして、自分の感情が分からなくなり、自分が自分でない感覚を持ってしまいます。自分でいて自分でない、生きている感覚がない、慢性的な空虚感。今何を感じているか分からなくなってしまうのです。
また。常に感情を抑圧しているので顔に表情がなく、生気がありません。
解離とは自己との分離であり何も感じられない状態になることを意味するのです。


イライラ
怒りの基です。私は自分との解離が起こったとしてもやはり自分をどこかで持っていました。本当の自分の感情(怒り)は最終的に抑圧しても抑圧出来なかったのだと思います。例え外に怒りの感情表現をすることがなくても、自分の中に抑圧している怒りが溜まってきたのです。この溜まってきた怒りを許容量一杯(例えばコップ一杯)まで我慢し続けた時、その後は怒りを溜め込むこと、自己の抑圧が不可能となり、ちょっとしたことでも今度は逆に切れてしまいます(コップに水が一杯溜まったしまうと、少し水滴が落ちても水が溢れることと同じ)。
そして怒りを溜め込んでいることから常にイライラして身体の不調にも影響をします。

私は若い頃から酒量が多かったのですが、解離による自己喪失感と、溜め込んだ怒りを感じまいとして酒を好んだのかもしれません。

また、通常は自分を完全に抑圧し続けることは不可能だと思います。もし完全に自分を抑圧し続けることに成功するとしたら、それは多重人格障害等の精神疾患が生じるでしょう。


さて、話しをもとに戻します。怒りを抑圧し続けた結果常にイライラして切れ易い状態であるのであれば、その都度怒りの表現を学ばなければならないのです。
そして、今後は怒りを小出しにして溜め込まない工夫も必要です。
これは、都度素直に自分は怒っていますということを表現することなのです。

しかし、ここで問題が生じます。私の場合過去の怒りの感情を抑圧し続けた結果イライラ感がすごかったのですが、それと同時に怒りを抑圧し続け解離が起こったのも事実です。
上述しましたが解離が起こると自分が自分でない感覚があり、本当の自分の感情が分からず、仮に分かったとしても、どのように感情を表現していいのか分かりません。これは怒りだけではなく、喜び、楽しみ、悲しみすべてです。

ですから、素直な自己表現のために大切なことは、まずは素直に感じることの回復が重要なのです。
イライラからの回復のために怒りを小出しにするためには、同時に他の感情を感じて、他の感情の表現も必要なのです。


これは、生きていることの実感にも直結しています。

About 2006年12月

2006年12月「アダルトチルドレン悩み相談集」に投稿されたすべてのエントリーです。
新しいものから順番に並んでいます。

次のアーカイブは
2007年01月です。

アダルトチルドレン悩み相談フォームメール

| HOME | リンク集.1 | リンク集.2 | サイトマップ | お問い合わせ
Copyright 2006.アダルトチルドレン回復へ All Rights Reserved

ページの先頭へ