アダルトチルドレンの多くの方は他者より優しいと評価を受けることが多いようです。
親切、思いやりがある、話しを聞いてくれる、出しゃばらない等です。
しかし、この優しさはアダルトチルドレンを行き辛くしている原因の1つでもあるのです。
なぜ多くのアダルトチルドレンは、他者より親切、思いやりがある、優しい等の肯定的評価を頂けるのでしょうか。
それは多くのアダルトチルドレンが他者志向だからです。
常に周囲の視線や評価や嫌われたくない気持ちが強すぎ、他者への配慮として優しさや気配りを発揮しているからです。
他者の気に入る行動をしてみたり、他者に合わせてみたり、言いたいことを我慢してみたりと。
でも、これらの行動はよくよく考えるとしんどいことです。
なぜなら、常に他者の視線や評価、気持ちを考えていなければならないからです。
人といるとリラックス出来ないのではないでしょうか。
また、これらの行動は自分を抑え続ける問題にも発展すると思います。
でも、なぜ自分を良く思われようとアダルトチルドレンはここまで人に合わせてしまうのでしょうか。
他者からの評価を得られなかったらどうなるのでしょうか。
嫌われたらどうなるのでしょうか。
アダルトチルドレンの問題の本質は自分に自信がないということです。
自分が自分にOKを出しておらず、自分に自信がないのです。
自分に自信がない人の共通に自己評価の低さの問題があります。自分に自信がないと、どうしても他者からの評価を得たいという気持ちが表れてしまいます。
他者評価=自己評価となってしまうのです。
しかし、あまりにも人に合わせすぎるということは自己の喪失につながってしまいます。
本当は自分の思っている意見を言った方が楽な時でも言えず、素直な感情表現をした方がいい時でも表現出来ません。
このようなことを長くしていると、本当の自分の感情や何を思っているか等は分からなくなってしまうのです。
また、アダルトチルドレンは言います。自分が何を感じているか、何を思っているか分からないと。
または、自分の意見が正しいのか分からないと。
これらはすべて自己を抑圧して他者に合わせすぎ、自己を喪失した結果なのです。
このような状態で日々過ごすと心理的、精神的に大変しんどいです。
「人の視線を気にし過ぎる、どう思われているか気になってしょうがない」
正直書きますと、人が何を考え何を感じているか等は当人以外誰にも分からないのです。
分からないことをどれだけ推測しても真実は分かりません。
分からないことを堂々巡りのように考え続けても真実には出会えないのです。
自分が嫌われているのでは、人の気持ちを害したのではと言う推論的結論は、好かれたいという思いの裏返しに過ぎないのです。
相手が自分のことをどう思っているか分かる唯一の方法は、その相手に「私のこと、どう思っていますか」と聞けばいいのですが、これこそ勇気が要ります。
私はカウンセラ-ですが、私と話しをしている人が私のことをどう思っているか、正直分かりません。多少は感じますが・・・。
したがって分からないことは分からないでいいと思っています。確認のしようがないのですから。
では、次回は他者に合わせすぎる傾向に関して続きを書きたいと思います。