親が子を思う気持ちと、子が親を思う気持ち。
いずれが純粋でしょうか。
単純に比較することは出来ないと思いますが、アダルトチルドレンの機能不全家族に関して言えば、多少記述することは可能だと思います。
なぜなら、前回も親の期待で書きましたが、機能不全家族の親は、意識するにせよ、意識しないにせよ、「子供を思ってのこと」と言いながらも、過剰に自分のエゴに基づく期待を子供に行っていることが多々あるからです。
機能不全家族の親は子供に期待することによって、子供を操作しようという意図がその背後に隠れているのです。
これは純粋とはかけ離れています。
では、その親のもと育てられた子供は、親のことをどのように感じて生活しているのでしょうか。
ここでいう子供とは15歳ぐらいまでの子供を想定します。
例えば母親が父親の愚痴を子供に話します。それを聞いた子供は父親のことを「母をいじめる悪い奴」と母に同情してそのように思い込みます。そして、母との連帯を強め父に反抗するかもしれません。
また、常にお金がないと言う父母の話しを聞かされ続けた子供は、自身が物を購入することを控え、少しでも家計のためにと欲しい物を我慢し続けるかもしれません。
子供には判断力が育成されていません。ですから親の言ったことはすべて真に受け信じ続けます。
そして純粋で優しい心のもと、親のことを思い、親の気持ちに共感して行動するのです。
もちろん、親によっては子供の心が、親の話す内容によって動くとはまったく分かっておられない方もおられると思います。
しかし、それほどまでに子供は親を見ており、親を感じているのです。
そして、ここに問題の深さがあるのです。
子供は親を悲しませないために必死です。勉強、習い事、家事手伝い、愚痴の聞き役、我慢等。怒られないためより親を思ってのことなのです。
ですから、親が親自身を満たすために子供に接して期待するということは、子供の純粋な気持ちを無視することにつながるのです。
親は自分の期待を満たすために子供の純粋な心を踏みにじるのです。
しかしやがては子供も成長して、何かがおかしてと気づきます。
いったい自分はなぜ生き辛いのだろうか、何を今までしていたのだろうか。考えます。
そして親のエゴを見破るのです。
母は父をダメ人間と言ったがそんなことはない。また、なぜ母は父の悪口を私に吹き込んだのか。疑問と怒りです。
幼い頃父母の話しより家計が苦しいと思って、ずっと欲しいものを我慢してきた子供は、成長してそのことを両親に理解して欲しくて話します。それは自分がそれだけ家庭を思っていたという自己開示なのですが、父母にしてみれば自分たちが子供に負担をかけたことを認めたくないがために、家計が苦しかったことを否定したり、中にはそれは自分が勝手に思っていたことだろうと逆に子供を責めるかもしれません。子供は傷つき怒りを感じます。
いずれにせよ真実を知った時、失望と傷つき、そして怒りを感じるのです。
まさに小さい時の純粋で親を思っていた気持ちが、その親によって平然と踏みにじられ裏切られたのです。
この後一体どうすればいいのでしょうか。
今までの辛さ、我慢は何であったのでしょうか。
今までの人生を返して欲しい気持ちになるかもしれません。親のために使った時間と気持ちを返して欲しいのです。
そして、親を思っての心から、抑圧と我慢が身についてしまい。現実社会にもうまく対応出来ず生き辛さを抱えてしまっているかもしれません。
子供の頃親を思い生きるということは、そのこと自体が子供として生きておらず、自分の人生を生きていないことなのです。
親の本心(背後にある意図)を知った今、アダルトチルドレンはいかに親と向き合うか、現実を見直すか。人生のポイントかもしれません。

