私はあまり人に求めない 期待しない
私はあまり人に求めないタイプです。
別の言葉で書くと人にあまり期待しないタイプなのです。
それでは、どうして人に求めない、期待をしないのでしょうか。
自分なりにいろいろと考えたのですが、理由は3つあるようです。
1 人から求められすぎた体験で嫌な思いをしてきたので、人に同じ思いをさせたくない。
2 人に求めた結果何も得られず虚しい体験をしてきた。だから、もう虚しい思いはしたくない。
3 求めなくても、期待しなくても、案外自分で出来てしまうから。
おそらく、この3つが入り混じっているのだと思います。
まず、1の「人から求められすぎて嫌な思いをしてきた」ことですが。アダルトチルドレンは親からの支配性を帯びた過干渉、過保護等を体験しています。私もそうです。
親から求められること、期待されることについて、それに応えるため、したくないことをしたりと、マイナスの感情体験をしてきたので、それと同じことを他者にすることをよしとしないのです。それは他者も求められたり、期待されると嫌な思いをするのではないかと感じているからです。
2「求めた結果虚しい思いをしてきたので、もう求めない」これは大きいと思います。
求めた対象は親です。私自身求めたことは何であったかと振り返ってみますと、自分の気持ちを分かって欲しいということだったと思います。しかし、もともと自己表現力の乏しい子供でしたので、表現が足らなかったのか、親が子供の気持ちに無理解であったのか、いずれかもしれませんが、自分の気持ちを分かってもらえたという感覚はありませんでした。
精一杯乏しいながらにも気持ちを分かって欲しいと思い自己主張をしたけれど、それが届かなかったとしたら、「どうせ言っても無駄だ」「求めるても無駄」「期待しても無駄」と人生の早期に諦めてしまいます。
だから、「人に求めることは虚しいこと」と大人になっても子供の時と同じように思っているのでしょう。
また、人に求めても、期待をしても、それが成されず腹のたつ思いをするぐらいなら、最初から何でも自分でした方が早いとも思っています。
3「求めなくても、期待しなくても、案外自分で出来てしまうから」これも1つの要因です。
まず、私のことは横へ置いて、このことを社会的に考えますと「求めなくても自分で出来てしまう」から求めないということは、社会生活をおくるうえで辛い時も多々出てきます。それは、求めるという言葉を「助けて」と言葉に置き換えれば分かることでしょう。
すなわち、何でも1人でこなす能力はあるのでしょうが、過剰に抱えこんでしまった仕事、負担がある場合、それをこなそうと限界を超えて1人で作業していかなくてはならないので、精神的にも追い込まれたり、体に支障をきたす場合も出てきます。
ひと言「助けてください」と言った方がどれほど楽か。
では、私の場合ですが、「自分で出来てしまうから」。
でも、本当にここまで1人でこれたかというとそうではありません。
例えば37歳以降、退職後の人生を振り返ってみますと、お世話になった先生方にチャンスを頂き、それを最大限活かしてここまできました。
ですから、決して1人で何でも出来るわけでないのですが、必用最小限の人とのかかわりでここまできたように思います。
例えば、今見られているこのHP。文章はすべて私が書いていますが、HP運営についてはプロに任せています。
ですから、このHPも私1人で作ったわけではないのですが、そんなに多くの人の手を介してはいません。
案外、自分1人で大概のことは出来ると勝手に思ってしまうと、人に求める必要もなくなってしまうのです。したがって、人に求める、期待する度合いが減ってしまいます。
さて、ここまで私が人に求めない、期待しない理由を3つ書いてきました。
では、ここまで書くと1つの疑問が出てきます。
「1人で困っていないのであれば、特段人との関わりを求める必要はないのではないか」
今私が疑問に思っているのはまさにそのことです。
私は子供の頃より人との関係性は希薄でした。今もそうでしょう。
(まったくの1人というわけではないのですが)
人脈が大切といいます。しかし、私は人脈は持っていないようです。
でも、困らない。
だから、人に求める必要がない、期待する必要がない。
その結果人間関係が広がらない。
でも、困らない。
ぐるぐると連鎖しています。
逆に人間関係を広げようと思うと、交流会や勉強会等にたくさん出席して、またその後の飲み会等、それはそれで労力とお金と時間の投資が必要です。
そう、考えると邪魔くさいと思ってしまいます。
しかし、人生の豊かさには人とのつながりは欠かせません。
また、いつも書いていますが、人は人を通してしか成長出来ません。
アダルトチルドレンは1人でいる時間が多く、孤独な時間を過ごしてきました。
1人きりには慣れています。
まして、それで社会生活に支障がなければ、無理して人とのつながりを求めなくてもと考える反面、やはり1人は孤独とも思ってしまいます。
新しい人と出会うのは1つのチャレンジです。
今チャレンジする時かもしれませんし、まだかもしれません。
1人でいることに孤独を感じるのでしたらチャレンジをしてもいいかもしれません。
私自身、今孤独は感じてはいませんが(それは忙しいから、熱中する仕事に就いているからでしょう)、やはり、今のままでは、人生の反対の面を知らないと思っていますので、どこかで行動の修正も必要なのかなとも思っています。
これからの課題でしょう。