あれは一体何だったのか

アダルトチルドレンの方のカウンセリングをしていますと、忘れていた記憶が急に思い出されることがあります。
忘れていた記憶ですから、感情的に強く思い出されるのではなく、「そう言えばあんなことがあったなぁ」と静的な感じで思い出され語られます。

私の場合もありました。
数年前に思い出したことです。

私は幼少の頃よりピアノ(著書シンクロニシティに導かれてでは、バイオリンと書かせて頂いております)を習わされていました。
これは、父親がピアノニストにしたかったから?だったと思うのですが。
しかし、私はピアノの練習が嫌で、私としてはピアノについては父親のために習っているという感覚を幼いながらに持っていたと思います。

さて、思い出した記憶とは次のようなものです。

小学生4年生ぐらいの時、何かとても偉い先生の前でビアノを弾かされました。
そして、「ピアニストは無理です」(これに近いこと)を言われたと思います。

なぜ、この偉い先生の前でピアノを弾いたかですが、これは記憶しています。
当時習っていた先生が音大の講師の先生で弟子をピアニストにしたい先生でした。なぜ、私がその先生のもとで習っていたか経路は把握していませんが。
そして、たぶんその先生が私にはピアニストにはなる素質はないと判断され、それを更に上の偉い先生に判断してもらうという形を取るために、父にそのことを勧めたのだと思います。

そして、私はなぜか分かりませんが、偉い先生の前でピアノを弾いて、「ビアニストになるのは無理」と判断されたことを思い出したのですが。
この思い出したことには続きがあります。
それは、音大の講師の先生から、先生が別の先生に代わったということです。
講師の先生はピアニストを育てるのが仕事ですから、素質のない私は不必要だったのでしょう。

さて、ここまではたんたんと出来事を書いてきました。
しかし、この出来事について私は記憶はあっても感情はありません。
でも共感能力を発揮して時系列に考えれば、子供がたいへん傷つく出来事だと思うのですが。

偉い先生にピアニストは無理と判断されたことについては、悲しみを感じて当然でしょう。
そして、音大講師の先生から他の先生へ。これも、先生が代わるのですから、自分に対する価値のなさや悲しみを感じて当然です。
そして、父親のためにピアノを習っていたのですから、父親の期待に応えられなかったという思いも感じていたかもしれません。
しかし、すべては推測。
当時の感情がないのです。

でも、今考えるとなぜ父親のために、このような不愉快な思いをしなくてはならないのかとも思います。
ビアノを習っていたと言っても、私はピアノの練習が嫌いで、1日60分間程度、嫌々弾いていたのです。
当然、ピアニストを目指す人間の練習量ではありません。
ですから、ピアニストなれないのは当然なのです。

おそらく父親も漠然とピアノニストと思っており、何のヴィジョンもなかったのでしょう。
ピアニストを目指す子供の練習量は1日、5時間以上。
半端ではないのです。


あれは一体何だったのか。


アダルトチルドレンには感情の伴わない出来事の記憶が一杯あります。
それは、アダルトチルドレンが自分を守るための防衛機制です。
記憶に感情が伴うと悲しすぎて生きていけないのです。


あれは一体何だったのか。
あれは一体何だったのか。


すべては過去の産物なのでしょうか。


あれは一体何だったのか。
これは今も私たちに影響している過去の産物・記憶・思いです。

例え感情がなくても、もう傷つきたくない気持ちはあります。
その傷つきたくない気持ちから、自分を縛る行動や、他者との関係性が築けない行動等、今の私たちに影響を及ぼしていてるのです。


あれは一体何だったのか。
私の過去に何が起こったのか。
そして、小さかった私はその後どう生きようと決断したのか。

今の生き辛さからの解放、アダルトチルドレン回復への鍵なのです。

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2009年02月17日 23:23に投稿されたエントリーのページです。

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