2011年11月 アーカイブ

家を出ることの大切さ

親からの激しい果てしのない執着・・・

・あれをしろ、これをしろと続く要求
・あれをしてあげた、これをしてあげたと恩着せ
・顔を突き合わすたびに文句の連鎖
・心配、心配と不安を煽る
・どこまでも続く詮索

これらは、親からあなたへの執着心がもたらす行動です。
親に執着されますと、執着されている側は重たいのです。
執着に対して我慢しなければならず、またしょっちゅうぶつかっていると心が休まりません。

ですから、親から果てしない執着を受けている場合は、経済的に余裕があるのなら、物理的に距離を取った方がいいのです。

過去、私は一切親と話さないという方法で親と心理的に距離を取っていました。
しかし、親によっては勝手に部屋に入ってきたり、また顔を合わせるたびに要求や恩着せ、文句が続いたりと、部屋にこもって親と顔を合わさない方法も、親と同じ家に住んでいる以上限界があります。

そこで、家にいて心理的に距離を取ることが難しい場合は、家を出るという方法が、親の執着という攻撃をかわすために有効です。
これは物理的に距離を取るということであり、同時に心理的にも距離を取るということなのです。

但し問題は、経済的余裕があるかどうかです。
また、もう1つの問題は、家を出ることに対して、親に罪悪感を持っていないかどうかです。

親から激しい執着は、私たちに常に親を意識させ、親が気持ち良くあるため、親の期待を満たすため、親を悲しませないため等常に考えさせられ、それが続いた結果、いざ親と距離を取ろうと思った時、親の気持ちを乱すのでは、期待を裏切っているのでは、悲しませるのではと、罪の意識を感じるのです。

しかし、この罪悪感は親の激しい執着ゆえ、常に親を意識しなければならなくなった結果
の産物です。

すなわち親を常に意識するということは、親との心理的一体化を形成してしまい、その親と距離を取るということは、一体ではなくなるわけです。

そうなると親が悲しむ、親を悲しませていいのだろうか、自分は悪いことをしていないのだろうかと、罪の意識を勝手に抱いてしまうのです。

しかし、考えてみてください。
親との一体化、親を常に意識すること、親を背負っていたために私たちは辛かったのです。

その親とのはっきりした境界を設定することは、私たちが生きやすく、心理的に楽になるためには必要なことです。

私たちには私たちの人生があるのです。
私たちに罪悪感を抱かす親は、子供が子供の人生を生きることを許していないと思います。
どこまでも、いつまでも、子供に執着していたいのです。

でもこれは親のエゴです。

親のエゴに縛られ、私たちが自分の人生を失うことはおかしなことです。

家を出ることは自分と親との境界の設定であり、罪悪感を感じるとしたら、これは親から植え付けられた感覚・感情です。
相手にする必要はありません。

そして、家を出たあとに大切なこと。

それは容易に帰らないことです。
引っ越しをしたあとしばらくして、また一緒に暮らそうとは思わないことです。

一旦家を出て行った私たちは親との距離が取れて楽になりました。
だからもう帰っても大丈夫と思うかもしれません。

しかし親は変わっていないのです。
ですから引っ越しをして出て行った後、しばらくして帰ってしまうあと、また以前と同じく、親からの執着を受け、心のバランスを崩し、辛いことになりかねません。

変わらない親とは一緒に暮らさない方が楽なのです。
そして、年数回顔を見せに帰るぐらいでちょうどいいのではないでしょうか。

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