依存症と共依存.2
人への依存 共依存
まさに自己の喪失感を人にしがみつくことにより満たそうとします。
共依存とは自分のことよりも常に人のことばかり考え、期待と支配、世話、必要を満たすこと等を行うことにより、人にしがみつき自己の心の隙間を埋めて安定を図ります。
どのような人にしがみつくかは人各々違うのですが、代表的なパターンとしては、恋人、パートナー、子供、友達等です。
- 期待
- 自分の期待を押し付けて相手をコントロ−ルして意のままに操ろうとします。
- 世話
- 相手の世話をすることにより、相手に感謝の気持ちを抱かせ自分から離れられなくします。
また、執拗に相手を世話することは相手を無力化、無能にすることにつながり、自己の優位性を発揮しやすくなります。 - 必要を満たす
- これでもかと相手の必要を満たすことにより、相手を縛ります。これだけ尽くしているの だから、相手が自分から離れることはないだろうと勝手な推測をします。
- 感情のゆすり
- 見捨てられたら生きていけない等、泣き脅しを行い相手を縛ります。また、相手に罪悪感を植えつける時もあります
- 暴力暴言
- 相手に恐怖を与えることにより縛りつけます。
これら相手を縛りつける行為に共通していることは、相手を支配しようとする意図です。 しかし、この支配性の背後には自己の喪失があり、その喪失感を埋めるために相手を必要としているのですから、結局のところ自己存在のため相手に依存していると言わざるを得ません。
支配=依存なのです。
そして、この依存、共依存は恋愛となると凄まじいものがあります。
通常でさえカップルは2人で1つのアイディンティティを形成するものであり、失恋は一時の心の傷となりますが、自己を喪失しているアダルトチルドレンにとって、失恋やパ−トナ−から見捨てられることは、再び慢性的な孤独地獄に戻ってしまうことになり、常に自分がその必要とする人とつながっていることを確認しないと不安で不安で耐えられないのです。
共依存者は見捨てられることを極度に恐れるのです。
度を越したメ−ルや電話をかける回数の多さは、安心の保証を求める行為なのです。
しかし共依存者の恋愛は本当の恋愛ではありません。自己のしがみつきを愛と勘違いしているのです。
私たちが自己存在を満たすこと、幸せになるための鍵を相手に渡してしまった瞬間より、相手に対する依存と支配が始まります。
そして、見捨てられないために様々な戦略を巡らせるのです。
常に相手の気を引こう、自分を見てもらおう、独占したい、いつも自分の側にいて欲しい、すべては不可能な要求です。
自分が幸せになるための鍵は自分が持っておくか、恋愛等の場合は2人で一緒に持っておくべきなのです。
そのために一番大切なことは自分と自分がつながっていることなのです。
自分がしっかりと人生という土壌に立っていれば、人にしがみついたり、見捨てられる不安に怯えることはないと思います。
それは、言葉を変えると、自分の必要は自分で満たすということになるのです。
そして、お互いが独立した人間として対等な人間関係や恋愛を楽しめるのです。